お久しぶりです。
活動休止から、一ヶ月少々経ちました。
メンバー共々、元気にやっています。
曲作りもしているし、練習もしている。
ライブもたくさん見に行ってるし、たくさん色んな人と出会ってるし、話してます。
まだまだ、KAKASHI好きでいていいんですよ。
いつだったか、昔読んだこち亀で両さんが言っていた言葉を思い出す。
「人は何か一つでも困難があると、生きるか死ぬかの二択を選ぼうとする。なぜ【どう生きるか】を考えないのか」
バンドは生き物、とはよく言ったもんで。
人間がやってるんだから人間の感情を持った生き物に決まっている。
僕らが少し歩みを止めた隙に、たくさんの仲間がバンドを辞めていった。そして辞めていく。
常日頃から「辞める奴に用なんか無い」とそう思っています。
が、それを通り越して愛している人たちが辞めていきすぎる。
寂しいってのが一つ。
悔しいってのも一つ。
仕方ないっつーのもあるけど、なんだかなあ。
モヤモヤします、すごく。
先輩が「バンドよりも、お客さんよりも、守りたい大切な人が居る」と言ってバンドを辞めた時、かっこいいなって思った。
先輩が「バンドも、お客さんも、守りたい大切な人もみんな守る」と言って続けているバンドを見てかっこいいなって思った。
メンバーの不仲、音楽性の違い(笑)、生活の中で産まれた葛藤(産み出したのは自分のくせに)、バンド辞める理由なんて、バンド辞める言い訳なんてそこら中に転がってる。
「もう無理です」
って言われた方が気が楽かな、とか思ったりもするけど、そんな簡単なもんじゃないんだよな。
でもどんな御託並べられてもどこかで「ああ、こいつはもうきっと無理だったんだな」とか思っちゃう自分が居たりして。
他人の人生の答えなんて生憎持ち合わせていないし、他人が出した結論を俺に紐解く必要だって無い。
モヤモヤします、やはり。
どうして俺たちが居ない間に居なくなっちゃうんだ。
どうして俺たちの音楽聴いてるはずなのに辞めてしまうんだ。
なんて自分の無力さのせいにしてみたところで何一つ現実は変わるわけもなく、ただただ今の僕らにはぼおっと眺めている事しか出来ないのが現状。
せめて、と最後の日に立ち会ったところで込み上げる感情はやはり「救ってはあげられなかった」の一言に尽き。
友達が死んだ時もそう。
なんで俺たちの音楽聴いてるのにそんな結論を出せてしまうのか、なんて。
ステージで言え、誰もがそう思うだろう。
俺もそう思う。
ステージでも言うよ、だから言わせて。
俺たちの音楽で救える夢が、命があると本気で思っている。
世界は平和にできないかも知れないけど、あなたの言う「自分だけの世界」、とかいうやつは平和に出来るような気がしている。
見せてくれ、教えてくれ、連れてってくれなんて言わないから、せめてあなたの、あなただけの世界ってのに僕らの音楽を流してくれたらいいな、って思う。
もうこれ以上誰一人失いたくないなんて、
誰だってそうだ。
もうこれ以上諦めたくないなんて、誰だってそうだ。
俺だってそうだ。
(おれのなまえはそうた)